いのち |
今日は少し寒いが、狭いケージの中で窮屈そうに羽ばたくので解放してあげた。


昨年も一匹越冬サナギがいたが、乾燥防止という処置を怠ったため羽化しなかった。
それと、実は少し前にもう一匹が知らないうちに羽化していた。まだ羽化しないだろうと、羽化直後に留まる足場を設置していなかったため、墜落して干からびて死んでしまった。縮こまったままの羽をまとった死骸が痛々しかった。
あと一匹残っている。無事羽化できるのかどうかはわからないけれど、命って凄いと、何度も教えてくれる。
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2011年 04月 19日
昨年の晩秋に越冬サナギになっていたアゲハが昨日羽化した。
今日は少し寒いが、狭いケージの中で窮屈そうに羽ばたくので解放してあげた。 ![]() ![]() 昨年も一匹越冬サナギがいたが、乾燥防止という処置を怠ったため羽化しなかった。 それと、実は少し前にもう一匹が知らないうちに羽化していた。まだ羽化しないだろうと、羽化直後に留まる足場を設置していなかったため、墜落して干からびて死んでしまった。縮こまったままの羽をまとった死骸が痛々しかった。 あと一匹残っている。無事羽化できるのかどうかはわからないけれど、命って凄いと、何度も教えてくれる。 ▲
by arluk18
| 2011-04-19 10:35
| 日々
2011年 04月 11日
城ケ島左回り一周。すましと海岸でゴミ狩り。収穫45Lめいっぱい。
![]() 日本の首都で、未曾有の災害を「天罰」と言い放つことができるような感性がまた承認されてしまった。懲りもせず、またオリンピック招致などとさっそく放言している。 地方自治体の議会制民主主義を壊そうとする国会議員崩れの市長がもう少し西にいる。 憲法感覚も民主主義感覚も歪んでいる弁護士知事が西の大都市にいる。 口蹄疫に続いて鳥インフルエンザで県民が苦しむさなかに仕事を放り出して、東に出張ってきたタレント崩れの元知事がいる。 しかし、残念ながら、こういう時代には声が大きかったり強かったり、あるいは態度が少しぐらい横柄だったりすることの方が受けるのだろう。地域政党などともてはやされた連中も今回支持された。 こういう様相を見ていて、いつも思い出すのは、ヒットラー。 今流されている某コマーシャルの「日本は強い国」という表現も、同じ理由で私は嫌いだ。 流されないように、これからも自分を強く持ち続けて行きたいと思う。 ▲
by arluk18
| 2011-04-11 10:25
| 海遊び
2011年 04月 05日
このところ、マスコミでは、「自粛のしすぎは経済の停滞につながり、被災地の復興にも良くないのでもう少し元気を出そう」キャンペーンが行われているようだ。
理屈としては、被災地以外で旅行やレジャーや、果ては外食まで自粛が広がってしまい、(無)計画停電の影響で生産そのものが落ち込んでいるところに輪をかけてしまって、日本の経済全体が停滞の危機に瀕しているので、そうならないように、もう少し元気を出そうというもの。 ?ちょっと待てよと思う。 間違いなく今回の震災は未曾有の災害であって、いまだに犠牲者のはっきりした数字さえも把握されていない。各地の被災者の状況も劇的に改善されたわけではなく、相変わらず厳しい状況の中でやっと生きているという状態だと私は認識せざるを得ない。仮設住宅は50倍以上の倍率だなどという話は、聞くだけであっても胸がつぶれるようだ。 それに、震災に追い討ちをかけるように発生した原発事故は、いまだに先が見えない状況だ。 ずっと何かしたいと思っている人は決して少なくないと思われるが、ライフラインさえまだ復旧していない地域があるような現地の事情からすると、ボランティアに出向くのもなかなか難しい。 では、何ができるのか。募金や自らの生活の節約しかあるまい。 ただ、残念ながら集まった募金はまだ被災者には渡っていないと言う。また、私たちが節約したからと言って、そのことがすぐに被災者救済につながるわけでないのもわかる。 それでも、だ。気持ちの問題もあるのだ。せめて今の自分にできることは?と考えて自粛をするのを誰が責めることができるのか? 自粛して、いずれ被災者に渡ることを信じて少しでも募金をすることを、誰が責めることができるのか? 何より、本当に今の状況が改善の方向へと向かいはじめたという実感が持てたら、自然と自粛はなくなっていくのではないか? 一方でまだまだ状況は厳しいという情報を流しながら、少し復旧への兆しが見えたからといって「元気を出そう」だけではあまりに無責任ではないか? もちろんだからと言ってまったく遊ばないわけではないが、私は、多分これからも節約をし、少しでも募金をしたいと思っている。 だいたい、自粛の程度をマスコミなんぞにごたごた言われたくはない。あんた方に言われなくとも、自分の意思でどうしても遊びたくなれば遊びに行くし、自粛の中身も変化していくのだ。 逆に言えば、自粛が強まるということは、それだけ被災地の状況を憂う人が多いということだととらえる必要があるのではないか? ▲
by arluk18
| 2011-04-05 22:57
| 日々
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